俺は拾われたのだ。
犬や猫を拾うのと同じように、小さく身を縮こまらせ跨っていた俺に手を差し伸べたのは眩しい光。嬉しそうに笑いながら伸ばされた腕に縋ったのは俺。
困惑気味に向けられた笑みとは逆にその後に控えた女は戸惑いを大いに含んだ瞳を向けてくる。それが一体何に大してなのか知らない。知りたいとも思わない。
ただ、この腕さえ有ればそれで良いのだと思えるほど惹かれた。


類い希な知能とでも言うのか、一般より優れた頭脳がはじき出した答えは案外簡単で最も知りたくはない答えだった。こう言うときに限って優秀な頭脳が恨めしいとさえ思う。
見つめられる4対の瞳。困惑と言うよりも痛ましげに向けられた瞳は雄弁に物事を語っていた。
年甲斐もなく、まいったな、と漏らす男は病状の床から這い出てきたのだという。そのまま伏せていればよかったものを。
内心悪態尽きたくなるのを誰が止められようか。白髪が肩から滑り落ち、その男の横に鎮座したこれまた髭を生やした男が苦笑する。
 広々とした応接間にしては飾り気のないものだ。前当主の趣向はそれほど酷いモノではなくむしろ俺にとってはとても落ち着きのある空間だと言える。それを拾い主に何気なく漏らした瞬間、困ったような顔で頭を撫でられたのは記憶に新しい。
煌びやかな室内よりも落ち着く雰囲気の室内を見渡してもこれと言ったモノを見いだせず、高級品だと分かる絵画や壺が置かれているだけ。
何気なしに視線を彷徨わせ、目の前の二人へと視線を向けたときには静寂を破る音と共に秘書だと紹介された女が室内へと足を踏み入れた。
常に傍でサポートを任されている女は拾い主の秘書官であった。それをわざわざサポート役に付けてくれたのは心底有り難いと思う。気さくなな態度は公的な場以外では良き部下として、広大な敷地と邸宅では有りとあらゆるマナーを叩き込んでくれる教師として。
仄かに湯気が立つ紅茶を運んできた女は深々と一礼し、まるでメイドのように運ばれた紅茶を勧める。全ての動作が一括して美しく、女の美貌も相まってそこらの女よりも一段と華がある。
気さくなに声を掛ける髭面の男は煎れられた紅茶へと口を突け、美味しいと漏らしている。それに微笑みを浮かべた女がまた一礼する。白髪の男は憮然とした態度を崩すことなく苦笑を漏らす。
全てを取り払われた目の前に有るのは、困惑とも言える愛悲漂うモノだ。それを感じたのか優秀過ぎる女は静に口を開くのだ。
「冬獅郎様」
 前当主の名を日番谷冬獅郎と言う。
神童とも天才児とも言われる希代の名君だと。現黒崎当主の筆頭若頭であり十三の企業の十番目の当主である。
信頼厚い日番谷冬獅郎の突如として舞い込んだ訃報に誰もが嘆いたという。
類い希な才能を黒崎当主のみに捧げ、忠誠を誓った男は紛れもなく寵愛されていた。嫉妬じみたモノを身の内に飼う者達は多かっただろう。苦笑交じりに髭面の男が漏らした。その内の愚かな一人でもあるのだと白髪の男が頷く。
 全ては偶然だった。
偶々出先で起きた事故だと。誰かが仕組んだわけでも仕組まれていたわけでもない。偶然が偶然を呼んだ訃報。
白銀の髪が紅く血塗られ、閉じられた希にみる翡翠の瞳は永遠に開くこともなく。嘆く者達の中で最も寵愛した者の訃報に嘆くことも取り乱すこともなく、ただ冷徹な瞳で見据える幼き主が居たという。
それはまるで氷のように、永遠に溶けることのない氷の刃を胸に突き刺したかの如く幼き主は静に黙礼する。
その日からだ。幼き主が笑わなくなったのは。
 よく似た、似すぎた色彩を持つ少年に掻い摘んで話される言葉の数々に目眩がした。
同じ名を与えられた見も知らぬ父に対してか、拾い主の瞳に映る色になのか。


 それは 恐怖 物言わぬ 恐怖