出会いが最悪なら、それ以上のことはないだろう。
そう高を括っていた自分が馬鹿を見るはめになるなんて思いもしなかった。
目の前の男を上官としては言い面でも悪い面でもよく知っているのと同じだけ男としては最低な事を知っている。
ようは、この毒素を持った男にこれ以上近付きたくないと言う結論。

















 出会いと言うのは突拍もないモノをもたらせてくれる。
咲き誇る桜の花弁。蒼一色の空は何処までも澄み切った色合いだった。
眩しい太陽の光に細めた鳶色の瞳。太陽よりも明るい橙色の髪が風に揺られていた。
十代半ばの平均身長よりやや高めの身長と男と言うには余りにも細すぎる躯のライン。
引き締まった手足と幼さを見せる顔立ち。眉間に寄った皺が深く刻まれ、不機嫌その者を具現化させた具合になりつつある。
青年とも少年とも取れないその子供は、身に纏った真新しい制服を着崩すことなく同年代の集った校舎を歩いている。いやに目立つその色彩は言い意味でも悪い意味でも人目を惹き付ける。それが当人である子供が不機嫌になる理由の一貫であったとしても、地毛だと主張しすぎた言葉は誰の耳にもと怒気はしないのだ。
 春先の咲き誇る花々が芽吹きはじめ、空高く雲一つ無い青空は何処までも澄み切った色合いだった。
「おい」
 そんな言葉が降って湧いた午後の昼下がり。
長閑とは程遠い世界情勢下に置いて、軍士官学校が長閑と言える場所である。多少の上下関係を覗けば争いとは無縁とも言える場所で、不遜な声が身に降りかかってきた。
「あ?」
 キョロリ、と辺りを見渡しても声の主は一向に見えず、悪戯か、それとも幻聴か、と見切りをつけて歩き出そうとすれば新に声が降って湧いてくる。
「ってめー。無視してんじゃねーよ」
「?」
 そこでようやく声の主が少々幼さを含んだ声音であると同時に目下へと視線を移せば世にも珍しい色彩があった。
「あれか、俺が小さすぎて見えねーとでも言いてーのかよ。っあ」
 半目で睨み付けてくる翡翠の瞳が深海を思わせるほど綺麗で澄んだ色合い。そして何より、太陽の下でキラキラと輝く銀色の髪から目が離せない。
「迷子?」
「っっっっっっ」
 声にならない怒り。十代半ばの平均よりやや高めの身長だとしても、さすがに見落としまうのは目の前の子供が腰辺りまでしか背丈が無かったせいだとは言い切れないのだが、現にそのせいで見落としてしまっているのだから言い訳がましい。
「ここはガキが来る場所じゃねーぞ」
 フワフワとした感触。人のことは言えないが珍しい銀色の髪をした子供の頭を優しく撫でれば、柔らかい髪質が指に馴染む。
言い肌触りだ、とそん事を呆然と思えば、思いっきり手を振り払われた。
パシリ、と鳴り響く音は無機質で冷たい。
怒りに燃えた翡翠の瞳が人を射殺せるほどの強さを喪って睨み付けてくる。
「っっだれが、小学生に見えるほどちっこいだ!」
「いや、そんな事言ってねーし」



 出会いは唐突で、必然でも偶然でもない
小さな子供の見上げてくる翡翠の瞳に捕らわれてしまったなど、口が裂けても言えないけれど
それでもやっぱり、あの不遜な子供に捕らわれてしまったのだろう。










「なっつかし〜な〜」
「そうか?」
 手に持った銀縁の銃は彼の髪よりも鈍い輝きをしていた。
出会った頃は迷子だと思っていた目の前の男は、話してみれば自分と同年代だと言う事が判明した。それにしても、やっぱり納得がいかないのは目の前の男の背丈が腰辺りまでしかなかったからだろうか。今では漸く胸辺りまで伸びた身長に不遜な態度は当時とは一向に変わりもしない。
「あの頃よりは、冬獅子の身長も伸びたよな」
「・・・・・あたりまえだ」
 少しだけはにかむ笑みを浮かべた男は、至極身長のことを気にしている。一種のトラウマと言う奴だろうか。教員たちからも子供扱いされていたことを思えば、トラウマになるのも頷ける。
 フワフワと漂う銀色の髪が目の端でチラチラと見え隠れしている。見かけに寄らず柔らかな髪質をしている男の髪が太陽の下では輝くように綺麗だと言う事をここ二年の内に分かった。
 ズッシリとした重みが手に馴染むことなく、今年2年目の士官学生は射撃訓練に明け暮れていた。
数メートル先の的へと標準を合わせ、引き金を引く。腹に響く音と共に鉄の銃弾が的を直撃する。あれが人間だったら心臓打ち抜かれて即死だろう。
弾を詰め終わった男も標的へと標準を合わせ、引き金を引く。連発して数回引き金を引いた男は出会った頃と変わらない不遜な笑みを浮かべてこちらを見上げてくる。
 弾は十発。全て的を射ていた。その事に少なからず負けず嫌いの気性に火が付いた。
腹に響く音と共に的を射る弾。数発打った銃弾が一発だけ的の中心を外れて的の外へと向かった。
「あっ」
「フンッ」
 勝ち誇った男の顔と不機嫌そうな顔をした二人が射撃場で目撃された。
同期のはやし立てる声や笑う声。その中心で二人の子供が笑っている。
一人は橙色の髪と意志の強い橙色の瞳をした子供。
もう一人は銀色の髪と深海を思わせる深い色合いをもった翡翠の瞳の子供。
 昔を懐かしむように握り締めた銃の重みは初めて握ったときよりも些か軽く感じた。
慣れ、とは恐ろしいもので、これから先、人を殺すことも慣れてしまうのだろうか。
当たり前のように隣にいる男を慣れてしまうのだろうか。
 揺れる鳶色の瞳を見据えた翡翠の瞳。言外に大丈夫だと、そう告げる瞳にホッと安心した。




 2年目の春。咲き誇る桜が散りはじめ、不遜に笑った男が隣に存在する。
変わらず存在する隣の温もり。
それでも狩られる不安は失う事への恐怖だろうか。