一護にとってその行為が当たり前であったように、これもまた当たり前なのだろうか。
かつて反逆の意を示した彼の男の様に全てを欲したわけではなかった。むしろそう思えるのが一護にとて不思議でならなかったのだが、彼の男はそれでも全てを欲していた。だからこそ一護は頭を悩ませている。全てを手に入れようとは思わなかった。ただ大切な人たちを、目の前で傷付いている誰かを護りたかったのだ。在り来たりな陳腐な言葉でも、護りたいと思ったのは事実だ。だから求めた。求め得る限りの力で、大切な誰かを護るために。その結果が、世界の秩序を崩壊へと導く結果となったとしても、一護にとって誰かを護れればそれで良かったのだと思う。それが本来の目的と異なる結果を出して仕舞ったことに少なからずも関与してしまったとしても、ただ純粋過ぎるほど一途だったのだ。そんな一護の誰かを護りたいと思う行為が当たり前であった様に、彼の男もまた当たり前のように全てを欲したのだろう。それは漠然とながら真実だと思えた。何故ならば、一護と彼の男は道は違えども根本的なモノは余りにも近すぎたのだ。その結果生まれた歪みとでも言うのだろうか。秩序の崩壊。それは世界の崩壊へと繋がる。望もうが望まぬだろうが、結果から言えば一護は彼の男の手伝いをしてしまったわけだ。護れるだけの力を手に入れ、その結果失ったのは大切な護るべき人。ただ護りたかった。それだけだった。それ以外何も出来ないから、だから全身全霊で護るのだと、そう思っていた。馬鹿が付くほどお人好しで、根が真面目すぎた一護は不本意ながらも彼の男の言を認めずにはいられなかった。純粋すぎたのだ。純粋であればあるほどドツボに嵌って出られなくなっていく。悔し紛れに握り締めた拳が僅かに振るえ、怒りとも悲しみともつかない一護の感情を教えてくれる。それを愉快だと彼の男は笑った。部下を従え、絶対的な無で一護を捕らえた。決して逃がすことのない様に。一護が護りたかった全てを敵に回したその瞬間から、一護の存在は無となるのだ。天に座す神ですらこんな幼稚な策略にさえ気付いてはいないだろう。最も愛されるべき幼子が神に牙を剥いたその瞬間を想像して、彼の男は笑うのだ。在りし日々を懐かしむ好きさえ与えず、彼の男は一護を無へと導く。それが当然というように、当たり前だというように一護は知己従うしかないのだ。誰でも自分の命は欲しい。生きたいと思うことは罪なのだろうか。
無知が罪だというなら切実な思いもまた、罪だと言うのだろうか。本能的に生きることを望んだ結末が決して相容れはしないと思っていた存在を受け入れることとなろうと、本能が生きることを望んだ。それに付属する感情が追いつかなくても決断を下したのは己自身であり、それが最善だと思っていたからだ。決して望んではいけない事だとしても本能がそれを望んだのだ。誰が止められようか。純粋すぎるほどの純粋な生きたいと思うのが何がいけないと言うのか。誇り高き死神に刃を向けることを躊躇ったのはほんの一瞬の後、一護は頑固たる決断を突き付けられたのだ。それは、誰よりも護りたかった存在へと刃を向けることだとしても、やはり望んだのは己自身である限りどうしようもないことだ。彼の男が優越に歪んだ笑みを浮かべていたとしても。世界は一護には優しくは無い。そしてそれは誰にでも言えることだ。一護に限ったことではないはずなのに、何故ここまで苦しく険しい道を進むのだろうか。ただ護りたかった。それだけだった。それが彼の男望んだ結末の答えだとしても一護にはどうすることも出来ないのだ。運命だと、そう言えば案外簡単に片付いたのかもしれない。真面目すぎる一護でも諦めはついただろう。だが、運命だ、と一護は決して思ってはいなかった。それが本当に運命だとしても、やはり決めたのは自分自身である限り、それは運命とは呼べないのだ。愉快だと彼の男は笑った。部下を従え、世界を見下した男は笑った。天に座する存在すら彼の男の手のひらで踊らされているのだろうか。一護のように。