―――――偽りの仮面
―――――偽りの優しさ
―――――偽りの笑顔
全てを偽りで固め、全てを欺いた偽りの男。
何が正しく、何が間違っていたのか。
何故だと喚いても、きっとその答えは分かりきったものだ。だからこそ、胸を抉る程の虚しさが増すのだ。
はたして偽りを纏った男はその事を判っていたのだろうか。確信犯であって欲しいと思った。
瞬きするほどの時は過ぎ、変わり果てた偽りは決して嘘では無かったのだと思いたかった。
こんな俺でも変われるのだと、そう思いたかったから。
望むもの。望まぬもの。
全ては手にあり、そして無かった。
虚無だと、少女は言った。
それを戯言だと一笑した偽りの男。
何が正しかったのか。何が間違っていたのか。それすらも分からず、ただ過ぎ行く時は否応無く現実を突きつける。
止まらない鼓動は何時か時を止めるのだろうか。
そうであればいいな、と笑ったら泣きそうなほど顔を歪めた友が居た。
右手に握りしめた刃は無慈悲なほど、その輝きを増す。
―――――純黒の刃が振り下ろされる時、全ては動き出した。
これを罪悪感と言うのだろうか。
胸を掻き毟りたくなる衝動。震える唇は言葉を紡ぐ事はなく、震えた指先に握りしめた刃は否応なくそれを捨て去る。
胸に空いた空虚を埋める事はきっと無いだろう。それでも望んでしまうのは本能。
「死神としての誇りが俺を生かすんだ」
苦痛は無かった。それが真実とは言えないが、それでも事実には近い。
血濡れの手に掴んだのは、誇りでも矜持でもない。あるのは本能という化けの皮を被った本性のみ。
力ある者のみが生きられる弱肉強食の場で生きようと足掻く姿は滑稽だろう。それでも此処が居場所だと言えるのは、産まれた場所でもあるからだ。
故郷と言うには曖昧で、それでも此処以外生きられる場所が無いと思っていたあの頃。
死神としての本能と、抱く虚無は相反するものだと知った。
力があればいいのか。本能の赴くまま血塗れの手は紅く、まとう衣から滴り落ちる赤は罪の色。
力を求めた。
護る為に。失わない為に。
それがいけなかったのだろうか。奪われるだけでは護れない。奪うだけでは意味が無い。
絶望の入り混じった明日を欲したのは己自身。
死神で在り続けたいと思った。この命ある限り、剥き出しの本能を治めてくれる優しい雨の中、そう思えた。
死神としての誇り。人としての本能。獣じみた衝動。・・・・・・・それでも俺は死神でいたかった。
「それは所詮無い物強請りだったんだろうな」
嘲笑でも嘲りでもなく。とうの昔に忘れた純粋のカケラさえ無い笑み。
それを欲したのは何時の頃だったか。今ではそれすらも曖昧で、本当は何を求めていたのだろうか。
「それでも、許されるならアンタの傍に居たかった」
ブラウンの瞳が憂いを称えて見つめる先に欲した存在が居る。何を失っても、何を代価にしても、欲しいと思えたのは唯一の存在。
優しさの欠片も無く。あるのは虚無と偽り。
本能で分かりきった事でも、心がそれを拒絶する。そうして伸ばした先にあるのは、絶望だとしても求めずにはいられないのだ。
「君は矛盾してるっすね」
その瞳は何を映し出すのか。
―――――降りしきる雨は 止みそうにない
力があるからいけなかったのだろうか。
求めたのは護る為。それが裏目に出たのは必然か。偶然か。
強大な霊圧を押さえる事を知らず、周りを威圧するかのように垂れ流し状態。
それが彼らしい、と言えばらしいが、制御する方法を知らない彼は、きっとそれすらも優しさなのだろう。
かつての師は馴染んだ霊圧の主を懐かしみつつも交えた刃の数だけ複雑な心境をもたらした。
それが何と言う感情なのか、師であり人生の先輩である男には到底理解できない感情に翻弄されている最中だ。
枯れ草色の髪を無造作に掻き上げ、現れた相貌は怠慢気味に憂鬱な色を宿していた。
「一時とは言え、師として言っときますが 貴方では役不足っすよ」
「だろうな」
傲慢な言葉だった。それでも目の前の少年は一切ひるむ事無く笑った。
それが余りにも清清しいほどの笑みで、場違いながら見惚れた。
あぁ、なんたることだろう。今更この胸を傷める感情の名を、知った。
啼く声が、聞こえた。それは己か、はたまた相棒か。どちらでもよかった。
互いに夢を見続ければよかたのに。こんなにも脆い関係に縋る己とそれを断ち切った少年。
「滑稽っすね」
ふと、漏れた言葉に怪訝な表情を見せる少年に笑って欲しいと思った。
弟子は師を越えて一人前になると言うが、何故だか”死ねない”と思った。
今にも降りだしそうな空模様が胸の心境を表しているようで、笑えた。そしたら清清しいほどの虚無が胸の内にある事を今更ながら再確認させられた。
これは消失への恐怖だったのだろうか。
今にも消えてしまいそうな少年は有り余る力を持て余しながらも必死に腕を奮う姿に感嘆が漏れる。
浦原喜助は、昔馴染みの友人兼悪友にどう謝罪すればいいのか交えた刃の端々から除くブラウンの瞳を見つめながら考えた。
あの豪傑な悪友は、目の前の少年をなによりも溺愛していたのだ。
否、している。と言った方がいいだろう。
例え目の前の少年が敵だと、刃を向けてこようとも彼女は決してその想いを悔いる事は無く、むしろ愛おしそうに金色の相貌で少年を見つめ続けるだろう。
それを分かっていて止めない己も。振り下ろす刃を躊躇する少年も。
全て優しさで出来ていた。
―――――救いなど無いのだと判りきった事なのに、それでも一条の光を求めた。
膝から崩れ落ちる身体は重力に従い落下した。
粒子で固めた足元。浮遊感が全身を襲い、落ちる身体は思う様に足場を固める事は出来なかった。
扮さんする力を留める事が出来ず、宙を舞う紅が視界を覆う。
傷みは無かった。
一瞬なにが起きたのか理解できず、落下速度は速まりいずれ地面へと叩きつけられるのだろうと、なんとなく頭の片隅で思った。
イイ死に方はしないだろうと思っていたが、スプラッタは勘弁願いたいと思うのは傲慢だろうか。
黒崎一護は朧な視界で舞う紅の色と今にも鳴き出しそうな空を見た。
これでいいのだと思えるほど満足した人生では無かったが、ようやく逝けるのだと思えたら何だか笑いたくなった。
「それが貴方の望みっすか?」
血塗られた刃から滴り落ちる紅が幻想的に思えた。
枯れ草色の髪が雨水の如く吸い込んだ紅に笑いが込み上げてくる。
きっと彼は一生己を責め続けるだろう事は分かりきっていた。それでも伸ばされた手を振り払ったのは、甘えなのだうか。
彼なら分かってくれる、と。
違えた道の先にあったのが今なら、きっと笑って死ねる。朧気に記憶したかつての師の顔を思い出させ、今にも泣き出しそうな顔をした男と如何しても被ってならない。
覚悟が足らなかった。
ヤれると思っていたわけではない。五分五分に持ち越せればいい所だと思たのは傲慢だったらしい。
未だに一本どころか足元すら及ばない事実に泣きたくなる様な錯覚に陥る。
胸の内はとても複雑なのに、何故死ぬ間際までこんなどうしようもなく手の掛かる卑怯で傲慢で甘えたな元師に同情的な感覚を覚えるのだろうか。
「 ご め ん 」
―――――優しい雨であってほしいと 切に願う