ジェコーン














 歌声で世界を魅了することが出来るとするなら、まさに彼の声だろう。
鳶色の瞳を伏せ、切なさを帯びた幼い面立ちで口ずさむ歌は希代の天才とまで言わしめた日番谷冬獅郎の最新曲だ。


「あたしのモノになって下さい」
 熱く語る男に両手を握られ、街中で愛の告白現場を目撃した人々は歩みを止め、食い入るように二人を見つめた。
「・・・この、変態が!」
 邪念などなく、ただ純粋に惚れた。
右ストレートが綺麗な孤を描いて男の頬へとめり込んだ。顔を紅くして立ち去った子供と同情めいた眼差しを向けられた男は、地へと沈んだままピクリとも動きはしなかった。



「近寄るんじゃねぇ、変態が」
 出会い頭邪険に扱われ、蹴られ、殴られ、踏みにじられようがちっとも懲りる気配のない男はニヤニヤと胡散臭い笑みを浮かべて橙色の髪の子供へと近付く。それを遠目に見つめるスタッフは知らぬ存ぜぬをまかり通すのだ。
「いっちご、さーん」
 大の大人が。三十路をとうに超したのかそうでないのか、まるっきり年齢不詳な上に不精髭を生やした男に追いつめられた子供は必死だった。
何が哀しくて男に詰め寄られなければならないのか。世の不浄に嘆く子供は齢十六歳である。
 気苦労の絶えない現場に生暖かく見守る大人。
一歩外れれば変質者と間違われるだろう男は、これでも名プロデューサである。ちっとも見えないが。まるっきり言われなければ分からないが。
 「あたし、旅に出てくるんであと宜しくお願いしますねv」
数年前、あろう事かフラリと飛び出したまま行方知れずになっていた男が突如として舞い戻ってきただけでももの凄いと言うのに、その男が以前に増して変人以上に変態になって返ってきた時には、居合わせた友人知人。男の知り合いという知り合いは唖然としたものだ。
「うふふっ・・・。一護さんたら、照れちゃって」
「来るな、変態!」
 気味悪い笑みを浮かべて逃げまどう子供を追いかける男。警察呼ぶべきか迷う周りをまったく気にした風もなく目尻に涙を浮かべて本気で嫌がっている子供を追いかけ回す変態。目の前の変質者にやはり警察を呼ぶべきだと、良心に訴えられたスタッフが携帯片手に頭を抱えるのだ。
「何をしておるんじゃ、喜助」
 手近にあった物が孤を描いて逃げまどう子供の後を追う男の後頭部にヒットした。
あれは痛い、と見ている方が顔を歪める程の鈍い音を立てて男は床へと沈む。
「よ・・・夜一さん」
「おお。久しぶりじゃの、一護」
「あ・・あぁ。」
 ふと、足元を見れば床へ猛烈にキスを交わしている男。くすんだ金色の髪が床一面によく映える。
 褐色の肌を惜しげもなくさらし、結い上げられた髪を揺らして子供へと近付く美女は、事もあろうに変態男の親友件悪友である。本人は心底嫌そうな顔をしているが。
「夜一さん」
「一護。無事か?」
「夜一さんのお陰で」
 ありがとう、と笑った子供の目尻に溜まった涙を拭いてやりながら、足元に転がった男を踏みつけた。
頬を染め、されるがままの子供の初々しさに胸をドギマギさせる周りは各々に胸へと手を当てるのだ。
 可愛いぜ、チクショ。
「所で、もう収録は終わったのか?」
「あぁ。どうにか」
「なんじゃ、せっかく一護の唄っている姿でも見ようと思ったのじゃがな」
「なっ・・・」
「なんじゃ。照れおって。初々しい奴め」
 頬を染めてそっぽを向く子供に豪快に笑う美女。その足元で美女の美脚によって踏み潰されている変態男。絵になるんだか、ならないんだか微妙だ。