結局何がしたかったのだろうか。沢山の仲間を裏切り、大勢の人達を傷つけてまでしたかった事とは本当に大事な事だったのだろうか。
今でも不思議でしかない。
どれ程の時がたち、時代と共に人々の記憶から忘れ去られようとも未だに傷痕が引きつるのだ。決して忘れるな、と言われているかの様に。ジクジクと傷痕は時に精神さえもさいなみながら。
気が狂いそうなほどの時間の中で確かに存在した絆は呆気ないほど簡単に断ち切られ、後に残ったのは何だったのか。色濃く残された傷跡を見つめながら感じた消失感の意味を未だに探している。
本当に欲しかったものは決して手に入らないのだと知っていた。だから手を伸ばす事はしなかった。
予想外に転がり込んだものは確実に手の掌から落っこちない様に。それが子供のままごとだと知りながらもやめられない。
だって、本当に欲しいものは手に入らないのだと知っていたから。
その行いがままごとだとしても一瞬の満足感を得るためにやめられないのだ。
言葉とはなんて便利で不便なのだろうか。
君が欲しい、と言葉に表すのはとても困難で、傍にいて欲しい、と言う言葉を躊躇わせる。きっとこんな邪な想いにさえ気付きはしない鈍感な君は今でも知らない、気付きはしないのだろう。
それでも良いのだと、当時は思っていた。これが不変だと信じられたから。
そして絶望する。
不変だと信じて疑う事のなかった時間は終りを告げ、残されたのはひと欠片の真実。
いつか交した約束は真実の前では無力だ。
だから求めたのだと言えば君は傍にいてくれただろうか。
終りを告げた物語は決して巻き戻しは出来ない様に過ぎ去った時間は戻りはしない。傍らにいない君を想い虚無が支配する世界にひとり。
嘘だ、と象る唇は微かに震えているのを知った。だからといって今更何かが変わる訳でもなく、加速する物語は止まる事を知らない。
出来る事なら嘘で固めた全てをさらけだせたらよかった。
今更だろうが優しく笑う顔が絶望に染まる瞬間を見たくなくなかった。だから顔を反らした。その先にしたり顔の男がひとり。あざ笑っているかの様に思えるのはきっと気のせいではないだろう。
果てしないほどの時は過ぎ去った。
ようやく垣間見た姿は幼くとも、本来の輝きは一切失われていない事に安堵しながらも物足りなさに身がこがれる思いだ。本来の力の三分の一すら出せていない体は立っている事すらやっとだろうに、それでも必死に背に庇う存在を今すぐ殺してやりたい。
狂気が全てを狂わせ、全てを焼き尽くすかの様な射ぬく瞳に狂喜に震えた。
微かの躊躇いは許されない。これは気付かれてはならないのだ。
一流の演技に誰もが騙され、裏切りは蜜より甘かった。
交差する眼差しに偽りはなく、ボロボロの体を支える相棒は気が付いているだろうか。この茶番劇に。
持ち主に似た気性、とは言いがたい静かな――――それでも全てをいぬく強さは持ち主とは変わりはない。
繰り返される物語に終止符をうつのは決まっている。これから起きるのは変革か。はたまた不変か。
どちらでも変わりはない、と切り捨てたかつての姿はどこにもなく。あるのは身を挺して必死に護ろうとする姿だけ。
人は変われるのだと知った瞬間だった。
護りたいのに護れない悔しさを知るからこそ必死になる。回りが見えていないのは昔と一緒。だが立ち位置は違う。
始まりは至って簡単。
当時、争いの絶えない中で何かを失い、何かを得て。それでも失う方が遥かに多く、失望は常にあった。
裏切り、裏切られ、騙し、騙され、殺し、殺され、奪い、奪われ、果てしなく続く連鎖を断ち切る事はできない。
それでも必死に生きていた。生きたいから生きた訳じゃなく、常に生かされていた。
誰に、とは問わない。
生きる意味を知らない様にどうでもいい事だと諦めていた。
生きるのも死ぬのも同じ事だと濁った目には灰色の世界が映るのみ。
常に死と隣り合わせの世界で太陽に出会った。
まるで輝きを失った太陽の様で、いとも簡単に輝きだす。まか不思議な太陽だった。
一目で目を奪われた。これが一目ボレだと知ったのは数十年後の話だ。
暁に照らされた大地。
月に彩られた世界。
太陽に閉じ込められた闇。
全てを従え、全てを拒絶した太陽。
微かな輝きに目を奪われ、闇に染まる太陽は更に輝いていた。
それが眩しくて、必死に縋りついていた。
おいていかないで。
かすれる視界の中、驚きに目を見張る太陽が一瞬、笑った気がした。
暖かな腕に抱かれ、散るも咲くも華である。
狂い咲く花の下で手を引いてくれた暖かな温もりを今でも思い出す。
過ごした年月よりも色濃く象られた世界に牙を剥いた。
きっと許してはくれないだろう事を知りながらも、鞘から抜いた刃はいとも容易く振り降ろされ、目の前の太陽は哭いた。
全ては約束された世界。
変わる事のない悲しみは憎しみに。太陽は地に堕ちる。
偽りの世界で太陽は輝きを失わず、なおも輝きを増す。
一条の光。いつか空に昇る太陽を夢見ながら、世界は果てる。
荒野に立つ王は知る。
世界の終焉と始まりを。
この孤独は決して癒えはしない。
あの日から止まった時間が静かに動きだした。
力を求めた末、失ったものは多く。始まりを知らない者たちは息絶える世界を知らない。
『許せ』
誰よりも強く、気高き獣。
不器用な笑みは今にも泣きそうに歪んでいた。
これが最期なのだと、誰が認めるものか。
力強く抱きしめられた体は小刻に震えていた。
『つよく、強くあれ。惣』
太陽が地に堕ち、闇が空に上がり、月が消えた。
静寂は罪を隠し、心優しき少年は仮面を被る。
これは復讐。
名も無き少年の復讐劇。
最初に誓いを破ったのは一体誰が先だったのだろうか。
藍色に染まる空を見上げ、少年の後悔は続く。
この空の様に優しかったかつての面差しは今は翳り、残されたのは復讐に彩られた哀しみだった。
「全ての原因は俺のはずなのにな」
お前が背負わずともよかったのに。
その優しさが少し痛い気もする。
「強くなったな、惣」
幼い養い子を抱きしめてやることは出来なかった。
今更この腕は養い子には必要ないだろう。思いのほか成長した養い子はすでに自らの意思で生きている。例え過去に囚われていようとも。
唯一の心残りは、全てを忘れて生きて欲しかったのだが、生きているだけでも儲けもんだろう。あのどこか世の中を斜めに見た偏屈な養い子の場合は。
この世界は穏やかに流れる時は常に変わらない。変われないのかもしれない。
閉鎖された様なこの地には思い入れはそう無くとも、友が、養い子が生きていたから護りたかった。
退屈な時は過ぎ去った。今手にいれたものはかつて生きていた中のほんの微かなものだったとしても、この温もりは確かに傍にある。
それを養い子にも感じて欲しかった。止まった時は巻き戻せないとしても願わずにはいられない。