ホスト見習い一護と店主浦原とお客日番谷
とある夜の日
そこのモットーは一夜の夢を売ることである。
店主はこれまた変わった性格の持ち主で、変態だと公言できるほどの変人である。
そんな店主のお眼鏡に適った店子が集う店は毎夜繁盛しているらしい。らしい、と言うのは実際人がその店に入っていく姿を見たことがないので何とも言えないのだが、繁盛していることには変わりはないのだろう。
何分、この界隈一とのお墨付きなのだから。
そんな店に一人の店子が最近勤め始めた事から総てが始まった。
店主の変人ぶりに磨きが掛かったことも、店の前に行列が出来るほど人が並び始めたことも。
橙色の髪は長くも短くもなく、同色の睫毛に縁取られた鳶色の瞳が苦笑する様に細められている。
とろける様な鳶色の瞳を知っているだけに何とも言えない雰囲気を醸し出す瞳とは正反対に固く結ばれた愛らしい唇が不機嫌さを物語っている。
なんとも摩訶不思議な表情をする店子こと黒崎一護の夜が始まりを迎えようとしていた。
「上のテーブルお願いします!」
賑わいを見せる店内とは裏腹にフロア担当を任された新人の黒崎一護16才の困惑に近い色合いを見せる鳶色の瞳が僅かに不機嫌そうに細また。
本来なら裏方の更に雑用係として雇われた筈が気が付いたときにはフロア担当のボーイと成り果て、さらには限定的なホストなぞやる羽目となった黒崎一護。くどいようだが16才の健全な青少年。
蜂蜜を求める蝶の様に今日もまた繁盛する店に一瞬の静寂と薄暗いライトに照らされたフロアに足を踏み入れた枯れ草色の髪の男のニヤニヤした顔が更に緩んで胡散臭さを醸し出している。
「い ち ご さ ん」
語尾にハートマークが散乱する独特のしゃべり方。
間延びした口調とは逆に鋭い瞳が舌なめずりするように頭の天辺から爪先まで舐めるように見つめてくる。
ニコニコと笑っている顔が胡散臭いと言うよりも気持ち悪い。それを何度指摘しても一向に変わる気配がないから諦めているが、やはり気持ち悪いモノは気持ち悪く黒崎一護の不機嫌そうな瞳が剣呑さを増しさらには侮蔑さを含んだ。
それでもニコニコと笑う男は歴としたこの店の店主であり、一護の雇い主なのだから性質が悪いとも言える。
店主・浦原喜助はニコニコを通り越してニマニマとした笑みを浮かべ、一護の肩へと手を伸ばした。
「ささ、上のお客さんがお待ちッスよ」
一護へと声を掛けたボーイ仲間の山田花太郎の冴えない顔が多少なりとも哀れみが滲み込んでいた。
一階フロア中央から二階へと通じる階段をこれ見よがしにゆっくりと歩く浦原と一護の異色の姿に店中の視線が釘付けだ。
今思えば全てが仕組まれていたように思えてならない。
何故ならこの目の前の浦原喜助と無愛想ながらも上客である男の親密な雰囲気は共犯者のものだ。
うろつく視線を定めることができないのは、この現実を受け入れる事など到底無理なことだから。
憂いを含んだため息が勝手に漏れる。
それを目ざとく聞きつけた上客でもある男こと日番谷冬獅郎。
何をトチ狂ったのかホストクラブなんぞに出入りする日番谷は物好きだとしか言いようがない。あるいは変態か。
類は友を呼ぶ、とはよく言ったもんだ。
街角に立てばそれこそ蜜を求める蝶の如く女の子がよってくるだろう外見を持ちながらこんな場所へと足を運ぶのは些か腑に落ちないが、客であることにはなんら変わりはなく。
上客とあっては変態と罵る事も出来ず。にこやかに対応する店主たる浦原の姿は気味が悪いとしか言いようがない。それを一切表に出さずに仕事をするのは疲れる。
例え上客だろうとも、だ。
二・三言葉を交わし、席を立った浦原に恨めしげな視線を投げかけても罰は当たらないだろう。むしろ浦原に当たって欲しいくらいだ。
「後を頼みますね。いちごさん」
にこやかに笑っていた顔が一変、にやりと笑った様な顔に見えたのは気のせいか。
十分な説明もなく上客の元に放置された黒埼一護の姿は捨て犬を思い起こされるほど心細気だ。