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実際、握り締めた斬魄刀を手放す事は出来なかった。
黒衣が風にはためき、見据えた先には見慣れたはずの男が所在なげに佇んでいた。
かつては共に競う様に歩んだ道は既に違えたはずだった。なのに何故所在なげに佇んだ男が迷子の子供の様に思えるのだろうか。
非道だと何度も悪態付いた男が目の前に。握った斬魄刀をよりいっそう強く握り締めた。
男の裏切りを許した訳ではない。未だに多くの仲間が疵を残している。許せるはずがなかった。
だから突然姿を表した男の真意が分からないのだ。
ジクジクと傷跡が痛む。
既に傷は四番隊の努力のお陰で綺麗に塞がっている。この痛みは錯覚だと分かりきっている筈なのに痛みが止まらない。
「何しに来やがった。裏切り者が!」
背骨を貫通する事なく切捨てられた体から大量の血液が失われ、瀕死の重傷に止めを刺すかの様に同期の中で最も親しく、信頼できた男の裏切りが発覚した。
目の前が絶望に染まる瞬間を待ちわびていたかの様に虚と去った男。
その男が目の前にいた。
困惑から苦笑へと表情を変えた男は肩をすぼめた。
「酷い言いようだね、一護」
「答えろ惣右介」
酷く声が震えていた。
胸に突き刺さった刃。
研ぎ澄まされた刃に逃げる事も出来ずにたた立ち尽くす。
辺り一面血の海へと変えた男の姿が異様に思えてならない。
虚を仲間にした男はその手で虚を葬る。
現世に虚の出現が確認され、救援要請が出されたのは直ぐだった。
隊長格三人を失った護廷の結束は低迷しつある現状に更に人員不足が加わった。いくら隊長格三人が護廷を裏切ろうと護廷十三隊は変わらない筈だったのに信頼した隊長の裏切りに精神的に戦線離脱をはかる死神が後をたたないのだ。
だから緊急に管轄外の救援に出てきたのだ。
それが仇となったのは目の前に見慣れた裏切りの男が現れてからだ。
全てこの男によって仕組まれていた事に今更気が付いても後の祭りと言うやつだ。
結局は仲間の救援には間に合わす、十二番隊の報告よりもあまたの虚に囲まれた所をこの男に助けられた形となるのが腹立たしい。
かつての友情や親愛を通り越して憎々しいほどすました男の横面を張り倒してやりたい。
出来る事なら今すぐ目の前の男を殺してやりたい。だが今の現状では斬魄刀を握り締める事しか出来ないのだ。
忌々しい事に治りかけの傷がうずいてならない。
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