モクジ

● 義兄妹設定 白哉 と 一護  ●








 幼き頃、枕元で心配げに覗き込んでくる義兄の姿にどうしようもなく罪悪感に苛まれた。
一日の大半を床で過ごし、庭先の花を愛でることしかできない自由の利かない身体に嫌気がさしていたのも事実だ。
それでも心配げに見つめてくる黒い瞳を知っている。
退屈を紛らわすために他愛の無い話をしてくれる義兄の姿が眩しくもあり、羨ましくもあった。
何時も無愛想ながらも心優しい義兄の背を見送るしかない身体が恨めしく、義兄の気遣いに眼を背ける事しかできないのだ。
いつか、と望む気持ちは年追う毎に強く、それでも身体は容易く休息を求め、義兄の気遣いに心が痛くてしかたがない。
梅の花が咲く庭先を見つめながら、強く、それでもしっかりと胸に思うのだ。
いつか義兄の手助けができるように、と。


-------------- 想 い と 誓 い と 




優しく甘く、まるで大切なものの様に名を呼ばれるたび、無性に泣きたくなった。
季節の風が通り抜け、優しい陽射しに眠気を誘う。庭に咲いた色とりどりの花々に誘われ、綺麗な羽を持つ蝶が舞降りた。
閑な昼下がり、義兄によって持ち込まれた手土産の羊羹を縁側でつつき合いながら一服。
「体調はどうだ?」
心配症の義兄の言葉に苦笑混じりに頷いた。
「大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません、白哉義兄さま」
穏やかな風に橙色の髪が揺れ、隣に腰を落ち着けた義兄に微笑みかけた。

穏やかな時間だった。
ほかほかの陽射しは微かな眠気を誘い、久々に穏やかな笑みを浮かべた義兄との一時はとても有意義な時間をもたらしてくれる。
口当たりの良い甘やかな羊羹と緑茶。甘味を好んで口にしない義兄の分も別けて貰い、満足いくまで堪能できた義兄の手土産はいつも別格だ。
自然と頬が緩むのを止められず、義兄の湯呑に緑茶を継ぎ足した。


-------------- 甘 露 と 緑 茶 と


 桜の花が風に舞い散るさまを窓辺に腰掛け、何気さを装って義兄の顔色を伺ってみる。
昨今、体調を崩しがちのため布団から出られない日々に鬱憤が溜まっていたのも事実だが、季節色とりどりの花で庭を飾る義兄の心使いに多少の苦笑も漏れるものだ。
 そしてまたひとつ、義兄によって庭に春の花が持ち込まれた。
小さな淡い花は花瓶に飾られ、文机の上に所在無げに風に揺れていた。
何処かピリピリとした義兄の雰囲気が春の風に乗って部屋に充満した様な錯覚さえ見せるから不思議だ。
眉間に皺を寄せた義兄の秀麗な顔が無言で見つめてくる様に、どうしたものかと思案する。
滅多に表情筋を動かさない義兄の感情のきふを図るのに長けた義姉は今ここにはいないのが悔やまれる。
無言の威圧だ。


--------------- 桜 の 日 常



 緩やかに暮れる陽が無性に物悲しい感じだ。
冬を間近に迫り、冷たさを増した風にコホリと咳をひとつ。
賑やかさなど無い静かな邸内。緩やかに過ぎる時間だけは十分にあり余るほど。
冷たさを増した風が室内を通り抜け、開け放たれた窓から覗く夕日が空を覆いつくす。
いつに増して義兄の帰りが日に日に遅くなり始めている。
数年前、婚儀を挙げ晴れて夫婦となった義兄の妻たる義姉もこの冷たさを増した風に床に伏せる日々が続き、静か過ぎるほどの静寂が邸内を包み込んでいた。
義姉のまひさの穏やかな微笑みを思い起こし、こほり、と咳き込む。
一族からの反対を押し切り義兄の妻となった義姉は強くも儚い女性である。
身体の弱い義姉に、ふと、思うのだ。
過ぎる季節の中、このまま何事も無ければ、と。
緩やかに終わりへと進んでいくのではないのかと、床に伏せり思うのだ。
穏やかに笑う二人を見るのは好きだ。義兄の安心した笑みも義姉の穏やかな笑みも、すでに掛け替えの無いものになってしまったから。




--------------- 終 わ り は 目 の 前 に







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