大切なモノなんて、無いのだと思っていた。
子供の頃・・・今でも充分子供なのだろうけど・・・研ぎ澄まされた刃を向けられた瞬間、悟ってしまったから。
 自分という存在が、いかに不必要か、と言う事。
それだけが全てで、それ以上でも以下でもなく。見上げた空は何処までも蒼く、澄み切った蒼があまりにも眩しすぎた。
「ナルト〜」
「ウスラトンカチが」
「ナ〜ルト」
 笑って手を振って。呼ばれた名に何故かこそばゆい。
泣きたくなるほどの優しい時間。失いたくない。
「ナルト!」
 少し怒ったような、それでも仕方がない、と苦笑する。
桃色の髪が風に揺れ。闇と見紛うような黒い瞳が細められ。隠れた口元があまりにもだらしないほど緩んでいるなんて事、誰も知らないだろうから余計緩みきった口元と銀色の髪が太陽の光を反射させる。
 笑いたくなるような温かな陽射しが降り注ぐ午後。
数ヶ月前の自分からは想像できないほどの時間がそこにある。高望みしているのか。それともこれは自分が見た夢なのか。
 ただ、願わくばこの瞬間が永遠に続いてくれればいい。なんて思ったりするのは、傲慢な考えだったのか。
 思い出が過去となり、記憶となる。
その中で、一番暖かな時間を共用した、仲間がいる。
これは夢なのかも知れない。それでも、この瞬間を忘れることはないだろう。 幼い頃、大切なモノなど無いのだと、そう思っていた。
失えないモノができた時。人は、変われるのだろう。
永遠なんて無い。それでも、今この瞬間が続いてくれればそれで良い。
 小さく孤を描いた口元。細められた青色の瞳が映し出すのは・・・・。











 右手に持ったクナイが重たいと感じたことはない。
ただ、生きたくて・・・死にたくないから手に取った。ただそれだけの理由だった。
 強く。滑稽なほど強く、死にたくないと思い、手に取った武器で人を殺す。血塗られた赤があまりにも紅く。残忍なほど滑稽すぎて反吐が出る。
塗り固められた嘘のなかで、見えてくる真実はいつも期待を裏切る。笑ったその顔が、殺戮者へと変わったとき、血塗られた手が握り締めているのは決まってクナイだった。
白い世界が紅く染まった瞬間。切なそうな瞳が向けられるのが嫌で、背けた視線の先にはかつての世話係。
 これで何度目だろうか。
数えるのさえ億痛な程の頻度で交代を余儀なくされるのは何も世話係だけではないのだが、それでも一番身近に居る世話係に毎度の事ながら呆れる。
何度交代しても、同じ事を繰り返す。
無表情に近い、嘲りと憎悪・侮蔑を含んだその瞳が雄弁に物事をかたるなか、顔に笑みを張り付けた女は頭を下げた。殺意を隠したまま。




 嘲りの言葉など聞き慣れている。
 殴られることも、蹴られることも慣れてしまって何の衝動もおこらない。ただ、またか、と言う呆れにも似た言葉が胸の内を駆け巡るのだ。
何故、と言う言葉すら浮かんでこない。ただ、存在自体を否定された瞬間から、これが当たり前など思えたから。
「ナルト。そっち、行ったわよ」
「わかってるってばよ」
 草むらを掻き分け、すばしっこく移動する物体が横を通り過ぎた。それを追いかけるべく動きだした身体は意外なことに、草の根に足を取られて地面とお友達になってしまった。後から駆けつけたサクラの怒号の声が振ってくるのを覚悟して、乾いた笑みを浮かべて友だちとなったばかりの地べたから起き上がる。
「ナ〜ル〜ト〜」
「このウスラトンカチが」
 サクラにつづいてサスケの声が地を蹴る音と共に耳へ届いたときには、つい今し方横を通り過ぎた物体を手に治めて、舞い戻ってきた。
ブギャー。とあまりにも不格好な泣き声を上げながらもサスケの腕に治まったのは、トラ模様の猫だった。飼い主に似た格好を惜しげもなく使い、サスケの腕から逃れるために必死に暴れ続ける。そのお陰と言うべきか、サスケの腕にも顔にも生傷が新に加わっていく。
「あ〜らら。だいじょ〜ぶ、ナルト?」
 いかにも面倒臭そうに掛けられた声を振り返れば、片手に愛読書を持ったはたけカカシ。これでも上忍であり、上司である。
顔の半分以上が布に覆われたカカシを振り返りながらも、おうっ、と声を掛ければすかさずサスケの"役立たず"と雄弁に語る視線を投げかけられた。
一言文句言ってやろうか、と息荒く立ち上がれば、邪魔だと言わんばかりにサスケの前から蹴り飛ばされ、木に頭を打ち付け、またもや地べたと再会を果たした。
「だいじょ〜ぶ?サスケ君」
 怪我ない?と媚びを含んだ声でサスケの抱えたトラ模様の猫をきつい視線で睨む。
おそらく、サクラの思考の中では既にトラ模様の猫をギッタンギッタンに懲らしめている最中だろう事が手に取るように分かる。
「任務終了!!」
  今回もサスケに良いところを取られた、と嘆きながらもサスケを睨めば、鼻で笑われ、サクラに出来立てほやほやのたんこぶを殴られる。
愛読書である「いちゃいちゃパラダイス」を捲りながらカカシの仲裁があるまで続けられる第七班のスリーマンセルの日常だ。
 チーム組み立ての頃と少しずつ代わり始めた日常が、ここにある。
あれ程嫌っていたサスケが傍にいて。サスケ一筋のサクラが居て。風変わりな格好をしたカカシがいる。
下忍でも、忍びは忍びで。いつもフォルスターにはクナイが治められている。
 任務時には手にもつクナイが重く感じることはないけれど、あまりにも暖かな風情がフォルスターに治められているクナイが重く感じるときがある。



 馬鹿だけど、これだけは分かる。
今居る自分は、この風情を守りたかったのだと。誰にも譲れない願いだったのだと。
これで何度目になるか分からないほど、今日も宣言する。
「俺は、火影になる!!」