由々しき事態である。
そもそもこんなはずではなかったのに何処で間違えたのか、甚だ疑問である。
事の発端は一人の人物の勘違いからだ。
何をトチ狂ったのかその人物は長年―――それこそ中学生時代からの付き合いでかれこれ十年らいの親友だった筈なのだが、その親友の一言がきっかけであった事は隠しようもない事実である。
思い込みが激しいとは出会った当初に気が付いてはいたのだが、まさかここまでくれば馬鹿としか言いようもないだろう。何故学年一位を万年獲得していた親友は万年学年最下位に食い込んでいた俺でも分かる事が分からないのだろうか。むしろその事が謎である。
そもそも常に共に行動していたのだ。それは今に始まらず今更聞かれる事ではない。聞くこと自体が何か間違っている気がする。
それなのに親友は真剣な顔で耳打ちしてきたのだ。
これには流石にめまいを起こした。
何故だと聞きたいのはこちらの方で親友の目は腐っている。今直ぐ頭と眼科を受診する事を勧めたい。
深い溜め息がここ最近増えた気がする。
その原因たる親友には丁重に休暇をだした筈なのだが、毎日の様に姿を見るのは何故だろうか。
親友に対して、何も突っ込まないと決めたのに端から破りそうになる。結構な忍耐が必要なのだと思い知らされた。
現在進行系で事態の収拾は未だに目処が立っていない。親友同様トチ狂った奴らがごまんと沸いて出たからだ。
奴らもまた、異常である。身近にこうまで異常者が居ると殴り倒したくなるのは愛嬌だろう。昔っから変質者や変態やら、いっそのこと犯罪者臭い奴らに好かれる体質な己が憎らしい。奴らの腐った目をえぐり出してやりたい。
特に事の真相を知っていながら面白がって被害を拡大させている某家庭教師とか本気で信じきってしまった某従兄弟とか。マジで息の根を止めてやりたい。
昼下がりの午後。
執務室では片腕となった親友に休暇を与えたお陰で仕事が目に見えて増えている日々が続いていた。
仕事に追われる日常の中で本気で求婚してくる輩の排除で精魂つき果てた社長の姿が目撃されている。こっそり執務室を物陰から見守っている事の発端者だけが未だに事の事態を知らないとは何とも皮肉だろうか。
精神安静上に某家庭教師が細く笑っていたのは次回の話だ。
つまる所、親友は未だに十年以来の勘違いを信じきっている事は明白だ。
何処からそんな勘違いが起きていたのかは知らないが精神安定上その事には今は目をつむっておきたい。 要するに親友の腐った目には未だに男が女に見えていると言う事実は隠しようもない事態であり、それは俺限定たと言う事も。
何が悲しくて親友に性別を間違われてしまったのか、それも本気で信じ込んでいるのか、その答えは親友にしか分からない事だろう。
十四の夏、息子の万年成績不信を見かねた母親によって一人の家庭教師が住み込みで雇われた。
ありふれた口説き文句がでかでかと書かれたチラシを手に上機嫌な母親と不審感丸出しに母親を見つめる息子。
一般家庭よりは裕福だろう家計を預かる沢田家の母親の言葉は絶対である。そんな母親が決めた事に今更反対出来るはずもなく、息子の言葉は上機嫌な母親には届かなかった。
実際蓋を開けてみて、あの時何故本気で反対しなかったのか十四才の自分を呪った青年は、幼い顔立ちが若干シャープに、男らしいとは言えない中性的な顔立ちに成長していた。
無論、傍らにはかつて母親に雇われた住み込み家庭教師が着かず離れずの距離で常に傍にある。いい加減縁を切りたいと思うのは俺だけだろうか。
俺様な横暴がまかり通るのはこの世で俺の家庭教師だけだろう。
そんな家庭教師の先生は何事にも完璧を求める質(タチ)らしく、凡人には理解できない美学に毎度振り回されてきた十年間。
何故だか気付いた時にはオールマティな会社を経営していた。
日常品から専門まで幅広く取り扱う株式会社沢田綱吉。
事業拡大に伴い産業から食品までありとあらゆる専門家を交え、会食の席には必ず先生が同席している。
まるで自分の作り上げた作品を披露しているかの様に、先生は何時もご機嫌である。
そんな先生は株式会社沢田綱吉の大事な出資者の一人である。
世界屈指の実業家でもある先生が俺の先生になったのかとても気になる事だが、きっと先生には聞いてはいけない気がする。