●● 大空と守護者と虹と・・・ ●●
姫、と象る唇が歓喜に震えていた。
どれ程の時間を待ち望んでいただろうか。ようやく果たせた再会はいとも容易くブチ破られたとしても、泣きたくなるほど歓喜に震えた。
長かった。どれ程の時間を虚無に身を浸しただろうか。
姫。愛しき最愛の主は満面の笑みで出迎えてくれた。それが彼女の性質を表す大空の様である。
氷炎の名を冠する彼女は総てを統べる大空である。
誰もが欲して止まない大空を護る守護者はただ一人の主に忠誠を。空に架る虹はようやく出会えた大空に跪く。
全ては定められた出会いだとしても出会えた奇跡に神に感謝しよう。たとえ信じていない神だとしても、だ。
奪われた大空は時を経て、もう一度返り咲く。それが例え世界に混乱を招こうと、ただ一人の主を二度と手放す事は無いだろう。天候を冠する守護者と虹を冠する者たちの思いは同じく、返り咲いた大空は等しく総てを包み込む。
★☆★
穏やかな風が頬を撫で、涼やかな歌声が耳に心地よく暖かな陽射しに眠気を誘う。
色とりどりの花々に囲まれた彼女の微笑みにつられ、彼女に忠誠を誓った守護者の安らかな時間が始まった。
姫、と誰となく呟いた言葉に頬を赤く染め、笑みを浮かべた彼女に安堵の息をつく。
もう二度と奪われまいと常に傍に控えた守護者達に困惑気に笑みを浮かべる彼女の穏やかに澄んだ歌声は変わらず心洗われる様だ。
幾度繰り返そうと絶ちきれそうもない絆はさらに固く結ばれ、ただ一人の主と仰ぐ彼女は稀に見る穏やかな眼差しで総てを包み込む。
ゆるして。
言葉とは時に凶器となる事を初めて知った夜。今にも泣き出す一歩手前の耐えるその健気なさに心奪われた。
それとは逆に愛らしい唇からつむがれる言葉は凶器となって胸を貫く。
何故、と何度も叫んだ。その答えを最後まで聞く事は叶わなかったが、それでもいいのだと言えるほど心奪われたから辛さは時に喜びをもたらすのだ。
失ったものは多く、それでも手に入れたのはかけがえのない存在だった。
かつて愛した無垢な笑みとは少しだけ違う、穏やかで優しい笑みはどこかで安堵する反面、胸を切なくさせる。けれどその存在は変わらず此処にある。
「十代目」
暖かな陽射しの中で灰銀色の髪がキラキラと輝いて見える。至上と慕ってくる青年を見上げたこはく色の瞳が虹の色彩をおびている。
少しだけ不思議そうに小首を傾げて微笑めば、頬を真っ赤に染めた青年が視線をさ迷わせる。
穏やかな風に遊ばれた癖のある髪が空の蒼を引き立てる。
彼女が愛した穏やかな時間。平凡とは言えないが、それでも普通を愛してやまない彼女の為だけに与えられ箱庭の世界。
一度失ったものは決して返らない事を知った。だから二度と失わない様に箱庭に閉じ込めた。
それでも笑って許す彼女が愛しく、胸を焦がす。
世界は未だに彼女を求めている。
人間は未だにかつの栄光にすがり、彼女を傷付ける。
許せるはずがなかった。幾度なく沸いた殺意に、彼女が哀しむから与えられ施しに気付かない人間の愚かさ。
だからこそ、彼女は世界を、人間を愛した。
虹の子供は世界の為に彼女を傷付けたならば、その呪いごと塵も残さずほおむってやれたのに。
虹を愛しむ彼女。唯一絶対の主。
大空を冠した彼女の寵愛は虹の子供にある。
「十代目」
灰銀色の髪が風に踊り、こはく色の瞳が虹の色彩を纏う。
総ては彼女の寵愛を得るために仕組まれた事だとしても、彼女が愛しむ存在に殺意がわく。
いっその事、殺せたらどんなに良かったか。
「アイツらが到着しました。」
あぁ、殺してやりてぇ。
そこは季節に反して色とりどりの花々が咲き誇っている。
春に咲く花も冬に咲く花も。全てはただ一人のために捧げられた箱庭の内に。
孤高の浮き雲が唯一と定めた至上の存在に躊躇いなく跪づく姿は戦闘狂と恐れられた姿からは想像出来ないだろう。
キラキラ輝く虹の色彩が映し出す世界はいつも穏やかである。
孤高の浮き雲は穏やかに笑う唯一と定めた至上の彼女の笑みにつられ、頬を弛めた。
虹の子供が乱入して来るまでのほんの一時の為に箱庭を護る番犬なぞやってるのだからヤキが回ったものだ。
それでも譲れないのだ。
「氷炎の姫」
おとぎ話しはいつもハッピーエンドで締めくくられる。
ならばこの箱庭に囚われた姫はハッピーエンドで締めくくられるのだろうか。
まどろみのなか、霧は笑った。
女性特有の膝に頭を乗せ、見る夢は甘美。