今更だが、ラグス王国は滅びたのだと思い知らされた。
故郷が懐かしくないか、と問われても記憶にあるのはほんの微かなものだけだ。愛郷が無い訳では無く、ただ実感出来ないのだ。
かの国は懐かしくも暖かい思い出と言う名の過去でしかない。
だから今更なのだ。
今更昔を思い出しても過去でしかなく、暖かく懐かしいあの日々は戻りはしないのだ。
悲しくはない。今がどれ程苦しくてもあの日々は確かに本物であり、胸にホッコリとした暖かさに泣きたくなるほど真実なのだ。
戻りはしないものに縋って生きようとは思わない。例えそこに隠された真実が眠っていたとしてもだ。
見据える先にあるのは、掛替えのない親友に貰ったから。だから生きていける。
この身が地に落ちようと、フラウがいて、戦友がいて、親友の魂を受け継いだ導きのドラゴンがいて、カストロさんがいて、ラブラドールさんがいて。今まで出会った人たちが笑っていてくれるから――――信じられるのだ。
フェアローレンの躯を封印するパンドラの箱としての役割をはたせる。
そう信じられるから、願わずにはいられない。
どうか、どうか彼等に優しい世界を・・・・信じてもいない神様に本気で願った。
フラウはきっと最後の最期まで手を伸ばしてくれるだろう。どんなに傷つこうとも、フラウはそんな奴だと知っているから苦しくて仕方がない。フラウにすがりつきそうになる。
ひとつひとつ大事なものを手放してまで守ってくれなくてもいいのに、至極当然だと言う様にフラウはあっさりと俺の手を握ってくるから困るんだ。まるで全てのものから俺を守るかの様に、フラウは握った手を離さない。それが泣きたくなるほど悔しくて、でも嬉しかったんだとフラウは知らないだろう。
それでいいのだ。
フラウの中に俺がいるのなら俺の中にもちゃんとフラウがいるから。
どんなに辛くとも。どんなに苦しくとも。フラウが傍に居てくれるだけで少しだけ強くなれたきがする。
だからファーザー、笑っていて下さい。
俺は今、生きて笑っているから。ファーザーも笑っていてください。
胎動が聴こえる。躯の内から静かに、力強く。それは胎動する。
時期に魂はフェアローレンに喰われ、復活するだろう。
これは神が定めた結末。それでもフラウは幾度なく手を伸ばしてくれるのだろう。優しい死神は何処までも優しく、残酷なほど全てを受け入れ、哭くのだ。それは声なき声。
独り寂しく、静かに哭くのだ。
誰かを信じる心と拒絶する心を押し込めてフラウは独りで平気なフリをする。
痛々しいまでの高潔な魂。だからこそ死神に見入られたのだろうか。
決して本音なんて話さないくせに何処までも優しい死神は静かに決意を下す。
―――あぁ。赦してくれなんていえない。お前を傷つける事しか出来ない。こんな俺でもお前を護るから。俺が喰われる瞬間までお前を護るから。だから泣いていいんだ。もうお前は独りじゃないんだから。
どんなに優しい神様だろうと俺は神様なんて信じはしない。
フラウを助けてくれない神様なんて信じる価値なんてないのだ。