人気のない薄暗い路地はゴロつきの溜まり場だ。
掃き溜めの様な薄汚い中に有りながらもその少年は何処か違和感を拭えないほどの存在感を持って君臨している。
ボロボロの今にも倒壊しそうな教会は身よりのない子供を引き取り、育てる施設を兼ねている。
生まれて間もない頃、此処に捨てられていた少年もまたこの今にも倒壊しそうな教会の住人の一人だ。
人目を引く、この国ではあり得ないほど色素の薄い少年の白銀の髪と翡翠の瞳。あちらこちら薄汚れた洋服の下の肌の白さは異常なほど。
目つきの鋭い翡翠の瞳が辺りを見渡す。
今日の稼ぎを懐に収めた少年は警戒心を研ぎ澄ませ、教会内部、育て親でもありこの教会の神父でもある老齢の親へと懐で暖めた紙幣を土産に帰宅した。
曇り硝子はどれ程磨いても綺麗になることはなく、それを必死に磨く幼い子供の手は悴み吐く息は白い。
自治区とは名ばかりの治安の悪い地域の棲みに建てられた教会は日の光の当たらない薄暗い路地裏にあった。
国の援助金は既に地上げによって横からかっ攫われて手元にない。教会を運営して行くに当たって当面の資金は底を尽き駆けている。それでも穏やかな気性の老神父は教会に縋ってくる者達を快く受け入れ、食事を与える。それが悪いこととは一概に言えないが明日よりも今日の夕飯の心配をする少年には老神父の慈悲の言葉が今一分からなかった。
賑やかな表通りとは違い一歩はずれた路地へと足を踏み入れれば一瞬にして全てが様変わりしている。そんな中を異彩が駆けていった。
太陽よりも明るい橙色の髪が尾を引いて目の前を通り過ぎ、その後を慌ただしい足音が着いて行く。何事かと振り返る間もなく、通り過ぎたはずの橙色の髪を持つ少年が鮮やかな色を纏ってニヤリと笑った。悪戯を思いついた子供のようなその笑みに一瞬気を取られている隙に腕を引かれ駆けだしていた。
抗議の声を上げようと口を開く間もなく慌ただしい足音と共に投げつけられたナイフ。一瞬息が止まるかと思うほど正確に頬を掠めて壁に突き刺さった。
盛大な舌打ちが前方より聞こえてくる。巻き込まれた身としてはその舌打ちすら苛立たしいのだが、何故だか言葉が口を突いて出てこない。
「一気に走るぞ!」
低くもなく高くもない。不思議な声だった。ニヤリと笑った顔はやはり悪戯を思いついた子供のような嬉々とした表情だ。
少し見上げる位置にある顔を見て、鳶色の瞳と交差する。何か裏を秘めた目だと直感的に背筋を駆け上がるモノに冷や汗が流れた。
これに関わっては行けない、と言う警戒心。それよりも勝る好奇心は隠しようもなく全てを見透かしたような鳶色の瞳は細められ薄く開かれた唇は小さく、それでもはっきりと言葉を紡ぐ。
漸く見つけた、と。
囚われたのか 捉えたのか 曖昧な境界線上
*****
それを言葉で表せば、衝撃、である。
過ぎ去る景色の中で唯一と定めた少年は口元に孤を描いて笑っていた。
細められた鳶色の瞳が有無を言わせず、従わせる事に慣れた言葉は抵抗の意思を削ぐ。
大会議場に集結した面々の驚愕に彩られた色を見つめながら嬉しそうに笑う主は至極楽しそうに笑う。それに背筋が泡立つほどのナニカを感じるのは気のせいだろうか。
「そう言うことでよろしく」
一言添えられた言葉に面々が頭を垂れる。
既にそれは決定事項だった。欠けた十三の腹心に舞い戻ったのは幼くも気高い獅子。
白銀の髪はかつての彼を想わせる。翡翠の瞳は凪と冷徹を併せ持つ彼を沸騰させる。
「アレの一粒種だなんて」
誰かが言った。あり得ないことだと。
だが実際にはこうして目の前に居ることが何よりも証拠だ。
深く嘆息した六番目の腹心は事の成り行きの傍観者に徹することを決めている。三番目の腹心は面白そうに笑みを深め、十三番目の腹心は悲痛な表情をする。
一番の腹心は思案げに皺の寄った目元を細め、幼い主へと目差しを合わせた。
欠けた十番目の腹心を見つめる瞳は穏やかに愛おしく、それを一心に身に受ける十番目の少年は照れ臭そうに視線を彷徨わせる。
何処で間違えた?
あなたはあの人じゃないから