いつもと変わらない平凡な世界に、一陣の風がまいこんだ。
世界中が争いに明け暮れた昨今。瓦礫と砂塵の舞う世界都市。生きるのも死ぬのも同じ同意語。全てが混沌に包まれた世界でただひとつ。変わらない色彩がそこにあった。
「黒崎一護」
 彼はそう名乗った。
幼さの抜けきらない頬のライン。色鮮やかな夕焼け色の髪や意思の強さを物語る鳶色の瞳。
眉間に寄った皺が彼を不機嫌そうに見せている。それでも纏った雰囲気はとても優しく、暖かなモノだった。
 今も変わらず混沌とした世界に、それこそ舞い込んだ一陣の風。嵐とも言える彼の存在が戦場を駆ける者たちにとって、どれ程勇気付けられることだろうか。
 果てしないほど空虚な空を舞い上がる小鳥が軽やかに謳う。
見据えた眼差しの先にいつもと変わらない日常があるのに、彼を取りまく世界は色鮮やかだったのだろう。
 生きることがどれ程辛くとも、それでも生き続ける彼が最後に笑ったのは死ぬ瞬間だったのか。
「笑って死ねるのなら本望だろ」
 夕焼け色の髪が太陽の様に思えた。細められた瞳もいつも深く刻まれた眉間の皺も。全てが彼と言う存在を表している。
 だからなのだろうか。これほどまで惹き付けられたのは。
笑えるほどのちっぽけな名も無い華が胸に咲いた。色鮮やかな紅い色が彼によく似合うと思った。








   ***


 午後を少し過ぎた時刻だろうか。
職業柄、時間を常に意識しすぎる傾向のある自分にとって珍しいほど時間の感覚が全く掴めない。毎日が時間に追われていたからなのか。それとも、今日に限って何もする事も無かったからなのか。恐らく後者だろうが、ポツリと灯されたライトに無性に人恋しくなる。
 軍用基地の独身寮。
むさっ苦しい男所帯で癒しを求めるのは間違った考えだろう。それでも潤いがないと喚く同僚と先輩方は今日に限って出撃要請で慌ただしく出払っている。
本来ならば自分こそ最前線に出るはずなのに、たまたま前回の名誉の負傷とも言える傷が尾を引いているせいで、出撃要請は免れた。
 未だ世界が混沌とした時代。日和主義から軍事国家と移り変わった国がとった対策のひとつが軍の強化。それに伴い、多くの者が軍の敷居を跨いでは消えていった。
その中に埋もれるようにして戦場から戦場を駆け抜ける自分はただの一等兵に過ぎない。そのただの一等兵すら上層部にとっては駒のひとつでしかなく、薄っぺらい紙に書かれた数字のひとつだろう。
同期の者たちが今回の出撃にどれだけ削られるか。言いしれぬ恐怖と安穏とした場所にいる自分に苛立ちが募る。それでも動くに動けない自分が情けなく、笑って出て行った同僚は戦場地区を駆け回っているだろう。
 太陽はまだ空高く。雲ひとつない初夏の今日この頃。
空調のきいた室内でベッドに深く腰掛け、美味くもない煙草が無性に吸いたくなった。







 一蓮托生