キスをせがむコイビトに触れるだけの幼稚で悪戯めいたキスを送る。
そうすれば不貞腐れた様にそっぽを向いて頬を膨らます。まるで子供のようだと思い、納得。
 あぁこいつは子供だったな。
触れる指先から伝わる子供の体温。指先で掬い上げた橙色の髪はその見た目に反して柔らかい髪質をしている。
堂々と胸を張って言える仲ではないが、公衆の面前でせがまれる事は今まで一度もありはしなかった。
ニヤける口元を掌で覆い隠し何でも無い様なフリをする。
コイビトである前に上司と部下の間柄の方がしっくり来るような事務的な会話に混じる甘い言葉の数々。
きっと目の前の子供はそれすらも気付かずにいるのだろう。その鈍さまでもが愛しいと思うのは重症だろう。
「いちご」と吐息と共に耳元で囁けばビクリと一層肩を震わせ、頬を染める。
初心だと言えば初心なのだろう。だが付き合い始めて既に半年。ヤル所までヤっている仲だ。それでも今も変わらず初心な姿に笑みが止まらない。
「イイ子だから大人しくしてろ」
 真っ赤に染まった耳を甘噛みしてクツクツと笑う。低重音の声が腰にクルほど艶を持っている。
昨夜の事情を様々と思い起こされる。身体がたった一人を求める様に疼くのを知っているくせに何食わぬ顔をして去っていく。
悪質な悪戯だ。ムズムズする身体を必死に鎮めようと足掻く姿はいかに滑稽か。
「とーしろーのばか」
 悪態つく裏で顔を真っ赤にさせた姿は否応無く今の心情を表しているなんて、きっと子供は知らないだろう。
上機嫌にクツクツと笑って去って行くその後姿をただ見送りながら切なくなる胸の内。知らないフリをして蓋を閉じる。目を閉じて何も無かった様に振舞う。
いつかきっと、と思い描く空想は何時も虚しく。去り逝く背を見つめながら、いつかきっと、と胸の内で呟くのだ。ありもしない期待に縋りながら。


 出会い頭は最悪。
コイツが?、と目を見張ったほど相性の悪さは天下一品。
出合った瞬間にビビッと来た。背筋を駆け上がる不愉快なモノに知らないフリをする事は出来なかったのだ。
あれだ。一目ぼれ、と言うやつにとっても似ていて全くの別物。正反対なものだ。
この世に出会い頭にこれほどまで相性が最悪だと思えるヤツが存在するなんて思ってもみなかった。
それはお互い様の様で、俺が胸に不愉快感を抱いているのと同じように相手も同じように不愉快感を抱いているのが見て取れる。
端目では端正な顔立ちの男前だが、内心は盛大に舌打ちして悪態ついている事だろう。
それが手に取る様に分かったのは俺も同じ思いをしているからだ。
微かに引きつる口元に不愉快げに器用に片眉を上げた男の翡翠の瞳は爛々と輝いている。
悪意、と言うよりも存在そのものを嫌悪している。同属嫌悪と言う奴だ。
出合った瞬間にそれを感じ取ってしまった俺達は互いに紹介されながらも片時も互いに目を離さず睨み合っていた。内心盛大に悪態付きながら。


 ふとした瞬間思うのだ。
出会い頭のあの感情は今でも胸の内に見え隠れする様にある。それがある一種の恋心だと気付いたのはつい最近の事だ。
互いに罵り合いながらいつの間にか思いを寄せていた。
 警告、だったのだろう。
初恋は実らないと良く言ったものだが、初恋にしてコイビトとなった瞬間にこの恋は終っていたのだろうとようやく気付いた冬。
惜しくも冬は彼の男の季節だ。
真冬に降り積もった雪の様な象毛色の肌と白銀の髪。湖面の奥底を思わせる透き通った翡翠の瞳。
どんな笑みであれニヤリと笑うその姿はストイックな様でいて艶やかだった。