プレッシーヴォ








「お前はオレのDivaだ!!」




 あんまりな決め台詞に、放心を通り越して感心しいてしまった。
よくもまぁ、ぬけぬけとそんな木っ端ずかしい言葉を言えたものだと、真っ白になった頭の中で考えている自分がいる。
 立入禁止のプレートがかけられた部屋は、仕事上防音設備に優れている。
立ち替わる関係者が首から下げた通行書が慌ただしく揺れているのを眼の端で捉えながら、何故防音設備の施された部屋ではなく、関係者がずらりと揃ったこの場所でぬけぬけと言ってくれているのだ、この男は。
せめて目の前の立入禁止のプレートがかけられた部屋で言ってくれれば何かが違っていたかもしれないが、この目の前の「オレ様」な男には知ったこっちゃないだろう。
 欧米で暮らしていただけはある。
妙なところで感心しながら、不敵に笑みを浮かべた男の翡翠の瞳が妖しく輝いていることにぞっとした。
ああいった眼をするときは決まって不吉な何かがある。それが周りに、ではなく自分限定であるから厄介なのだ。
 悪戯を思いついた子供のようだ、と。目の前の男のマネージャーを務めている松本女史が豪快に笑っていたのを見たことがある。
今、この場所に松本女史が居なかったのがせめても救いだっただろう。そうでなければ男の言葉を聞いた瞬間から豪快に腹を抱えて笑っていたか、声を押し殺して肩を振るわせながら眼の端に涙を浮かべているかのどちらかだっただろう。
その光景が目に浮かんでくるようで、鳥肌が立つ。
どちらにしろ、不敵に笑っている男が不機嫌になるのは決まっていたから、むしろこの場所に松本女史が居なかったことに感謝しなければならないだろう。どうせ後でこの成り行きを見守っている周りのスタッフから噂を聞いてからかいに来るのは目に見えている。
 殺し文句だと思える言葉は、案外口説き文句にも聞こえる。
それを男が意識していって言ってるのかは、この際関係ない。むしろ関係あるのはこの言葉を聞いた橙色の髪をした子供がどう言った風に受け取っているのかが、事の重大性だろう。
何せ天然記念物級の鈍さを誇る純粋無垢な子供なのだ。
 鳶色の瞳が瞬き、きょとり、と小首を傾げた橙色の髪をした子供は数度瞬きを繰り返し頭の中で言われた台詞をオウムの様に繰り返した。
呆気に取られたスタッフを後目に、翡翠の瞳の男はシニカルに笑みを浮かべている。それを余裕と言うのかは知らないが、上機嫌であることには変わりない。
 世界を股に掛け、その才能は神童とまで言わせた男。
銀色の髪が光によって眩しいくらい輝いている。純度の高い翡翠の瞳が玩具を見つけた子供のように瞬いていた。
 男が創る詩は必ずヒットするとまで言わしめた天才作曲家・日番谷冬獅郎。それが男の肩書きである。
その男が突然収録中のスタジオに姿を現しただけでも驚きだというのに、突如として宣言(告白の様なモノ)をしでかしたのだから驚かずにいられるだろうか。
駆け出しのぺーぺー歌手である子供には遠い存在でしかない日番谷冬獅郎は知ってても雲の上だった筈だが、それを一気にひっくり返す様な登場に未だ頭が着いていかない。
 何度か小首を傾げて、漸く噛み砕いた内容に頬を真っ赤にして言葉に詰まった子供に更に上機嫌となる男。それを遠巻きに見つめるスタッフの姿が異様だった。
「な・・・なに言い出してんだ、アンタ」
 上擦った声に僅かな驚きと困惑と憤りが含まれている。それを目敏く読みとった男は上機嫌に口端を上げ、まさに「俺様」な態度で言い切った。
「お前、名前は?」
 ちっとも人の話しを聞かない男である。
端整な顔立ちに愉快げに歪められた唇。色男、とはこういうのを言うのだろう、と子供は思考がハッキリしない頭で思うのだ。
 ちょっとだけ胸が、きゅん、としたのは黙っておこう。
「く・・・黒崎 一護」
「イチゴか。良い名前だな」
「ちげーよ。一等賞の「一」と守護の「護」で、一護」
「一護」
「っ・・・・」
 何処までも間抜けなもので、男のペースに乗せられたまま話しは進むのだった。
「俺は日番谷冬獅郎だ。一護」
 この時が天才作曲家と駆け出しのボーカリストとの初めての対面であったにも関わらず、きゅん、と胸をときめかせた子供はシニカルに笑みを浮かべた男の顔に見とれたまま過ぎ去った。