相容れない存在だと言われようと知ったことではない。
求めるのも、求められるのも、全ては必然の中の偶然なのだ。
だから大人しくしていろ、と胸を張って言われても喰われると分かっていて大人しくしてられるか、っというのが本音だ。
これは我が侭なんかじゃない。正当な理由だ。
「いっぺん死んでこい」
 怒号の中にちょっとだけ嘆きの声があったような、無かったような。そんな大声で怒鳴らなくても聞こえているのに。
相棒が肩で肩身狭い思いをしているのにはやく気付いてやってくれ。
愛銃から火花が散り、込められた愛がとても痛いと思う。マジで当たれば死んじゃうから。
スパルタを通り越してDV(ドメスティック・バイレンス)に近いと思う。それでも家庭教師なのかと思ってしまうほどかていないぼ・・・DVが凄すぎるんです。これが家庭教師様のアイの証だと言っちゃってる愛人さんも凄いけど、ハハン、って胸を張って鼻で笑われて男が憎たらしい。
俺の愛は安くねーぞ、と言うのが家庭教師様のお言葉。
あぁ、そうだよな。って頷いていたのが数日前。とっても懐かしい。これって走馬燈、と言うんじゃないのかな?と思たら目の前に家庭教師様の痛すぎる愛が迫っていた。避けようにも避けられる速度じゃないよ、全く。


 ズドン

















 ココだけの秘密だけど、俺の家庭教師様は本当は家庭教師様じゃなくて、世界に誇る最凶・・・じゃなくて、最強のヒットマンなんだ。
あっ、ヒットマンって言うのは殺し屋って言う意味なんだって。
いっつも真っ黒な帽子と背広にネクタイをしてペット兼相棒のカメレオンのレオンを肩に乗せた姿は何時も見慣れた家庭教師様の姿。結構格好いい、なんて言ったら最後ナニされるか分からないから言ったことは無いんだけど、きっと何でも分かっちゃう家庭教師様は知っているんだろうな、っと思うんだ。なんせ俺の家庭教師様は最凶なんだから。(あっ、違った。最強だった)
 そんな家庭教師様との出会いは至って簡単。
家庭教師様がまだ家庭教師を始める前、つまりヒットマンをやってた頃まで遡る。まぁ、今もヒットマンだけどね。
その頃の俺は何をやってもダメダメのダメツナと言うあだ名で呼ばれていた。
そんな俺の日常は至って簡単。変わり映えしない、と言うよりも変えられなかったとでも言うのか、変える気がなかったとでもいうのか。まぁ、そんなどうでも良い日常を毎日繰り返し、その日も俺は学校の帰り道に近所の犬(小型犬)に吼えられて追いかけられ全速疾走を余儀なくされていた。
勉強所か運動さえも一般並以下の俺は毎回の事ながら犬(しつこいようだが小型犬)に追いかけられても体力が続かず、自分の足に足を取られて転げ、運が悪く転げた先が家庭教師様の仕事場だった事が運の尽き。
転げた瞬間、傷みが無く、瞑った目を恐る恐る開ければ俺の真下に男が転がっていていた。慌ててその場から飛び起きた俺と目の前で真っ黒な筒を俺の真下に転げていた男に向けたままの家庭教師様と目が合っちゃったわけだ。
驚いたようにちょっとだけ見開かれた真っ黒な瞳が綺麗だな、なんて場違いなことを思っていたらガブリ、と足に傷みが。
グルグル唸る犬に俺は思いっきり叫び声を上げ、ビックリしている家庭教師様の足に縋り付いたのが俺と家庭教師様の始まりだ。
何の因果か、その後驚きから冷めた家庭教師様は見た目に反して愉快げに口元を歪めて口汚く喋る。そりゃーもう、綺麗な顔に似合わない様な罵り言葉は放送禁止用語に指定されている。
俺は慌てて頭を下げて誤り通してその場をダッシュで逃げた。今までの全力疾走が嘘のような俊敏さ。火事場の馬鹿力、とでも言える疾走だった。
その後ヘトヘトになりながら漸く家に辿り着いた俺はお風呂に入ってその日の出来事を丸々忘れ去っていた。家庭教師様との出会いは可愛いと思える犬の凶暴さに掻き消されていたけれど。
家庭教師様との始めての接触から二日後。朝から何時も以上に不運が続いて身も心も朝っぱらからヘトヘトだった。
道を歩けば溝にはまり、その後電柱にぶつかった挙げ句、止まっている車に轢かれ、空から鳥の糞攻撃が降り注ぎ、犬に吠えられ追いかけられ。雲ひとつ無い晴れ渡った空に似つかわしくない散々な朝の模様だった。
そんな俺は奇跡的に怪我ひとつ無く助かったのは通りすがりの格好いい男の人の手によって尽く助けられたからだ。
真っ黒な帽子に背広の肩にカメレオンを乗せた、何処かで見たような見たことのない様な、そんな男の人に感謝しても感謝しきれないほどの恩にペコペコと頭を下げてお礼がしたいと余計なことを言ってしまったのが運の尽き。
待ってましたとばかりにニヤリと笑った男の人の顔をペコペコと頭を下げるのに忙しかった俺は見逃していた。
あれやこれやと男の人と喫茶店で色々な話しをして、何故だか奢られて家に辿り着いた俺は当初事をすっかり忘れたまま上機嫌にお風呂に入って寝た。ものの見事に男の口車に乗せられていたことに気付かずにいた俺。
気が付いたら男の人は俺の部屋に住みついていた。リビングで母親に入れられたコーヒーを飲んで一緒にご飯を食べて・・・一緒に生活していた。あれ?と思ったら男の人は俺の家庭教師様になっていて、またあれ?と思ったときには俺の恋人になっていた。
ニヤリ、と口端を上げて笑っている家庭教師様は俺の家庭教師様でヒットマン。そして俺の恋人。
そんな俺たち・・・主に俺・・・は愛しているのか愛されているのかよく分からないDVによって成り立っている。
一日に二回は家庭教師様のDVに堪え、二日に一回は同じベットで寝る。寝る、と言っても朝方遅くまで寝させてくれないから寝不足で何時もフラフラしている俺に対して、家庭教師様は万全だ。家庭教師様の悪友というこれまた格好いい迷彩服を着た男の人は家庭教師様は絶論だと言う。俺はそれに深く頷いて一緒に酒盛りをしたことがある。未成年だからって言葉は最初っから無かったが、何処か哀れんだような目で見るのは止めて欲しいと思う。
迷彩服を着た男の人が持ち込んだお酒はどれも美味しくて度が強かった。でも飲んだ。
ぐびぐび飲みながら家庭教師様の悪態を付きながら意気投合した俺たちは、朝気が付いた時には何故だか裸になってベットで寝てた。
家庭教師様と同じベットで寝た後の、あの気怠い感じとお尻のヒリヒリ感に掠れた声に、やっちゃった、と俺は思わず頭を抱えた。その隣で同じように迷彩服を着ていた(今は真っ裸だ)男の人は顔色が悪い。そして何処か引きつったような顔で俺を見ている。ちなみに俺の薄っぺらい胸板は真っ赤だ。家庭教師様に付けられたもののとは明らかに数が違うほど埋め尽くされたキスマーク。やっちゃったよ俺たち、的な状況下でこの場に家庭教師様が居なかったことが何よりも救いだ。
きっと迷彩服を着ていた男の人もそう思っているのだろう。引きつった顔をしながらも家庭教師様の気配を探っていた。
ビミョーな雰囲気を保ったまま俺たちはいそいそと証拠隠滅に取りかかっていた。っと、言っても俺は思うように動かない身体では何も出来ないからもっぱら迷彩服を着た男の人が証拠隠滅に務めていた。俺の身体に残されたキスマークは、まぁ、仕方がない。どうにか見つからないようにしよう。きっと無理だけど。
ベットシーツを剥がして新しいのに取り替えられ、部屋に充満した独特の匂いは窓を全開にして、部屋中に転がっていた酒瓶は燃えないゴミ置き場に出された。母さんに見つかってしまうのも不味いからいそいそと袋に詰めて外のゴミ置き場にまで置きに行った。
これで大丈夫だろうと思ったら途端に気まずさが室内を漂っていた。ちょっとだけお互いに頬を染めてそっぽを向き合って、あぁこの人純情なんだな、なんて思いながら甘酸っぱい体験を果たした俺は新に大人の階段を上っていた。
これは世間一般で言われる、不倫・・・・じゃなくて逢い引きなのかな、って思ってたら、ちげーだろ、って怒られた。どうやら顔に出ていたらしくて真っ赤な顔して怒る姿が可愛いな、と思ったことはナイショだ。きっともの凄く怒られるから。
部屋に射し込む光にキラキラとした髪が輝いているのが眩しい。空の色よりももっと綺麗な瞳が家庭教師様とは違った色合いでちょっとだけドキドキした。ドキドキついでに何だか顔が違い。家庭教師様の人形のように整った顔よりもっと男らしさと言うのか野性味のある顔が間近にあって、あら?と思ったら口にぶちゅっと当てられた。何が?って。そりゃ唇だろう。
最初は優しくぶちゅ、っと。次はぶっちゅーと。口の中にうねうねと疎く舌が入れられて家庭教師様よりもちょっとだけ下手なディープなキス。でも一般よりはすっごく上手なんだろう。腰が抜けた程熱烈なキスだった。
「・・・ぅっん」なんて声を上げてしまった。それからは余り覚えていない。キスの余韻にぼーっとしてたらごそごそと服の中に忍び込んでくる指先がちょっとだけヒンヤリとして冷たかった。
首筋をペロリと舐められてカプリと噛みつかれた。まるで野生の獣だと思う。ペロリと食われそうだ。実際に喰われているんだろうけど。
ヤったばかりなのにまたヤるのか、なんて思わなかった。ただブルーの瞳から目が離せなくて一枚一枚洋服を脱がされ、ベッドに押し倒され漸く我に返った。いや、返された、と言うべきか。
ベッドに押し倒されたまま壁際に真っ黒な何かを見つけたから。何か、なんて決まってる。アレだ。幽霊でも亡霊でも、壁の染みでもない。とっても見覚えのある、見覚え有りすぎる。
 あぁやっちゃったよ。
普通恋人の浮気現場を見てしまったら般若の様に怒り狂うと思うんだろうけど、どうやら俺の家庭教師様は違うようだ。
ただ静に、血の通った蝋人形の様な顔は感情の色さえ見えない。それが余計に恐ろしく思えた。
迷彩服の男の人は俺の首筋に顔を埋めたまま家庭教師様を睨み付けていた。口元が一瞬引きつって、次ぎにニヤリと笑ったのを俺は見てなかった。
まるで挑発するように笑うその姿に家庭教師様は眉ひとつ動かすことなく俺を見下ろしていた。腕を組んで肩に相棒のカメレオンをのせ、いつも以上に俺を凝視していた。ある一種のホラーだ。


あーだ、こーだと家庭教師様と迷彩服の男の人の口汚い口論が始まっても俺はその場を動けずに呆然としたまま呆けいた。その間も部屋の壁にポッカリと穴が空いて、屋根が取り外されて太陽の光がさんさんと輝いている。太陽の光の中で埃が舞っているのが見えた。
 激しかった。
ライフル・ショットガン・バズーカにその他諸々。ありとあらゆる重火器が何処に隠されていたのか部屋のあっちこっちから取り出される。いつの間にか物騒な部屋に様変わりしていたのを目の当たりにしてちょっとだけ泣けた。
そろそろ部屋の改築だけじゃなくて建て替えも検討した方が良いのかも知れないな、とぼんやりと考えて決着つきそうのない戦いは舞台を変えて家の外へとまで続いた。きっと数日は帰ってこないだろう。何せ激しかった。
俺はそのままシーツにくるまりウトウトと眠りへと落ちていったのだ。きっと目が覚めたときは急激に変わり果てた部屋の整理に追われるんだろうな、と思いながら。
その前に母さんになんて言おう。